日本ハムの永久欠番は「100」だけ!背番号11との違いやエスコンに隠された意味
北海道日本ハムファイターズには、数多くの名選手が在籍してきました。
ダルビッシュ有投手、大谷翔平選手、新庄剛志監督など、背番号とともに記憶されている人物も少なくありません。
そんなファイターズについて、気になるのが「永久欠番」です。
「日本ハムの永久欠番は何番?」
「大谷翔平の11番は永久欠番じゃないの?」
「背番号100にはどんな意味がある?」
実は、ファイターズで正式に永久欠番となっているのは、背番号「100」だけです。
しかも、その番号は選手ではなく、球団の初代オーナーだった大社義規(おおこそ・よしのり)氏に由来します。
さらに、エスコンフィールドHOKKAIDOの座席番号にも、背番号100への思いが込められています。
この記事では、日本ハムの永久欠番の歴史、11番との違い、そしてエスコンフィールドに残された背番号100の意味を紹介します。
日本ハムの永久欠番は背番号100だけ
北海道日本ハムファイターズの永久欠番は、背番号100です。
2026年時点で、球団が正式に永久欠番としている番号は、この100番だけです。
永久欠番とは、球団に大きな功績を残した人物をたたえるため、その背番号を原則として今後使用しないことを決めた番号です。
プロ野球では、歴史に残る活躍をした選手の背番号が永久欠番になることがあります。
しかし、日本ハムの場合は少し事情が異なります。
背番号100の対象となっているのは、元選手でも元監督でもありません。
日本ハムファイターズの初代オーナー、大社義規氏です。
球団の創設と発展に尽力した人物をたたえるため、背番号100が永久欠番に指定されました。
背番号100の大社義規氏とは?
大社義規氏は、日本ハムの創業者であり、ファイターズの初代オーナーを務めた人物です。
現在の日本ハムファイターズが誕生するきっかけをつくった人物でもあります。
1973年、日本ハムは日拓ホームフライヤーズを買収しました。
翌1974年から、日本ハムファイターズとして新たな歴史が始まります。
その中心にいたのが大社氏でした。
大社氏は野球への思いが強く、球団を育てることにも情熱を注いでいたと伝えられています。
球団の50周年記念サイトでも、大社氏の歩みや球団への思いが詳しく紹介されています。
ファイターズが東京から北海道へ本拠地を移すという大きな決断にも、大社氏の存在が関わっていました。
現在の北海道日本ハムファイターズを語るうえで、欠かすことのできない人物です。
なぜ大社義規氏の背番号が100だった?
背番号100は、単に区切りのよい数字だから選ばれたわけではありません。
この番号には、球団の歴史にまつわるエピソードがあります。
1981年、日本ハムファイターズはパ・リーグ優勝を果たしました。
その際、大社氏は将来、自分もユニフォームを着て選手たちとともに胴上げされたいという思いを持っていたとされています。
その願いを込めて用意されたユニフォームの背番号が「100」でした。
大社氏にとって100番は、球団とともに喜びを分かち合いたいという気持ちを表す番号だったのです。
その後、背番号100は大社氏を象徴する番号として受け継がれていきました。
背番号100が永久欠番になったのは2009年
大社義規氏が亡くなったのは2005年4月27日です。
享年90歳でした。
その翌年の2006年、日本ハムは北海道移転後初の日本一を達成しました。
大社氏が生前に願っていた日本一が、亡くなった翌年に実現したことになります。
そして2009年、大社氏の野球殿堂入りを記念して、球団は背番号100を永久欠番にすることを発表しました。
これは日本ハムファイターズにとって、初めての永久欠番でした。
背番号100は、特定の選手の記録だけではなく、球団の歴史そのものを象徴する番号として残されることになったのです。
大谷翔平の背番号11は永久欠番ではない?
日本ハムの永久欠番について調べると、特に気になるのが背番号11です。
ファイターズの11番といえば、ダルビッシュ有投手と大谷翔平選手が有名です。
ダルビッシュ投手は、日本ハムでエースとして活躍しました。
その後、大谷選手も日本ハムで11番を背負い、投手と打者の両方でプレーする二刀流選手として大きな注目を集めました。
どちらも球団の歴史に残る選手です。
しかし、11番は正式な永久欠番には指定されていません。
背番号100とは、ここが大きな違いです。
11番は準永久欠番として扱われてきた
背番号11は、ダルビッシュ投手と大谷選手が着用した特別な番号として知られています。
そのため、正式な永久欠番ではないものの、準永久欠番として扱われてきました。
準永久欠番とは、正式な永久欠番とは異なり、球団の判断で一定期間使用を控えるなど、特別な扱いをする番号を指す言葉です。
ただし、すべての球団に共通する統一的な制度があるわけではありません。
永久欠番と準永久欠番を同じものとして考えないことが大切です。
日本ハムの11番も、正式に永久欠番として指定された100番とは区別されています。
将来11番を着用する選手が現れる可能性も、永久欠番とは異なる点です。
ダルビッシュ有と大谷翔平が背負った11番
ダルビッシュ有投手は、2005年に日本ハムへ入団しました。
ファイターズでは背番号11を着用し、先発投手として数々の実績を残しました。
2006年の日本一にも貢献し、球団を代表するエースへと成長しています。
その後、メジャーリーグへ移籍しました。
一方、大谷翔平選手は2013年に日本ハムへ入団しました。
大谷選手も背番号11を着用しています。
投手として登板しながら、打者としても出場する二刀流の挑戦は、当時のプロ野球界で大きな話題になりました。
2016年には日本ハムのリーグ優勝と日本一にも貢献しています。
その後、大谷選手もメジャーリーグへ移籍しました。
同じ背番号11を着用した2人が、それぞれ世界の舞台で活躍する選手になったことは、ファイターズの歴史の中でも印象的な出来事です。
背番号1も永久欠番ではない
ファイターズの背番号で、もう一つ特別な印象があるのが「1」です。
背番号1は、新庄剛志監督が現役時代に着用していた番号です。
新庄監督が現役を引退したあとも、森本稀哲選手、陽岱鋼選手、斎藤佑樹投手などが着用してきました。
このことからも分かるように、背番号1は永久欠番ではありません。
背番号11や100とは、それぞれ異なる歴史を持っています。
ファイターズでは、背番号が次の世代へ受け継がれることも、球団の物語の一部になっています。
エスコンの座席番号にも背番号100の意味がある
ここからは、エスコンフィールドHOKKAIDOにまつわる話です。
実は、エスコンフィールドの座席番号にも、大社義規氏の背番号100への敬意が込められています。
2026年4月、ファイターズの小村勝球団社長が、大社氏に関するコラムの中でこの仕組みを紹介しました。
エスコンフィールドの1階にある座席セクション番号は、センターに設けられた大社氏のアートの位置を100番とする考え方で設計されています。
そして、そこから右回りに101、102と番号が続いています。
普段、エスコンで座席を探しているときには、あまり意識しない部分かもしれません。
しかし、その番号の付け方にも球団の創設者への思いが込められていたのです。
なぜエスコンの1階は101番から始まる?
エスコンフィールドの座席案内を見ると、1階のセクション番号が101番台になっていることに気づきます。
「どうして1番からではないの?」
「なぜ100番台なの?」
そんな疑問を持った人もいるでしょう。
その理由の一つが、永久欠番100への敬意です。
球団社長の説明によると、センターにある大社氏のアートを100番の位置と考え、そこから番号を割り振っています。
つまり、1階のセクション番号には、単に座席を整理する以上の意味があるのです。
エスコンフィールドは2023年に開業した新しい球場ですが、その設計には球団の長い歴史も取り入れられています。
新しい球場と、ファイターズの原点がつながっていることを感じられるエピソードです。
エスコンを訪れたら大社氏のアートにも注目
エスコンフィールドへ行く機会があれば、センター付近にある大社義規氏のアートにも注目してみてください。
普段は試合観戦や飲食店、グッズショップなどに目が向きがちですが、球場内にはファイターズの歴史に関係するものもあります。
大社氏のアートと座席番号の関係を知ってから球場を歩くと、これまでとは違った見方ができるかもしれません。
また、ファイターズの歴史を知らない人にとっても、背番号100は球団の歩みを知るきっかけになります。
エスコンフィールドは新しい球場でありながら、過去の球団関係者への敬意も込められた場所なのです。
ファイターズの背番号は球団の歴史を伝えている
背番号は、選手を識別するための数字です。
しかし、長く球団を応援しているファンにとっては、それ以上の意味を持つことがあります。
同じ番号を着用した選手たちの活躍を思い出したり、次にその番号を背負う選手へ期待を寄せたりすることもあるでしょう。
ファイターズの場合、100番は球団の創設者への敬意を表す永久欠番です。
11番はダルビッシュ投手と大谷選手の活躍を思い起こさせる番号。
そして1番には、新庄監督をはじめとする選手たちの歴史があります。
それぞれの番号に異なる物語があることも、ファイターズを応援する楽しみの一つです。
まとめ|日本ハムの永久欠番100は球団の原点を表す番号
北海道日本ハムファイターズの正式な永久欠番は、背番号100だけです。
この番号は、球団の初代オーナーだった大社義規氏に由来します。
2009年、大社氏の野球殿堂入りを記念して永久欠番に指定されました。
一方、ダルビッシュ有投手と大谷翔平選手が着用した11番は、正式な永久欠番ではありません。
また、エスコンフィールドの1階の座席セクション番号にも、背番号100への敬意が込められています。
今度エスコンフィールドを訪れたときは、センター付近のアートや座席番号にも注目してみてください。
背番号100の意味を知ることで、ファイターズの歴史がより身近に感じられるかもしれません。

